光州2日目。

朝食を近くのパン屋さんにいくことに。ここが本当に素敵だった。

光州の美味しいパン屋「lala bread 」

” Lala Bread “
ホテルからも5分以内。


とっても女子が好きな外観。



惣菜パンも、菓子パンも見目がよく、種類も豊富で目移りしてしまう。
友人も私もまったく決まらないw


意を決して購入した惣菜パンとふわふわきなこパン。
パンも、ソーセージも、刻んだキャベツもどれもおいしい。

きなこパンの中はあずきのクリーム。

これははんぶんこで正解。

そしてマグにはいったボリュームのあるコーヒー。韓国って本当にコーヒーの量が
多くていいねえーー。

店内も可愛くて、明日もここにきたいね!!!と思ったけれど明日は定休日w
旅行あるあるw

光州事件を巡る旅 スタート

みなさんは光州事件をご存知ですか?
私は映画「タクシードライバー」で知りました。

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光州事件(光州民主化運動)は、1980年5月に韓国の光州で起きた、市民による民主化運動と、それに対する軍の弾圧のことです。

当時は全斗煥を中心とした軍事政権が強い統制を行っていて、それに反発した学生や市民が抗議デモを行いました。しかし、軍がこれを力で押さえ込み、多くの犠牲者が出る深刻な事件となりました。

この出来事は、韓国の民主化の流れを大きく後押しした重要な転機として、今も語り継がれています。

よく韓ドラをみていて出てきますし、日本人と韓国人ではその重みがまったく違うのを感じていて、せっかく行くのだから ちゃんと理解したいとおもいました。

国立5・18民主墓地へ

ここは「光州民主化運動(5・18)」の犠牲者を追悼するために整備された国立墓地で、多くの市民や学生が葬られています。現在は追悼施設や資料館もあり、韓国の民主化の歴史を学べる場所にもなっています。

光州にいったことがあるというアメリカ人が「most beautiful cemetary Ive been」と言い、そんな墓にビューティフルってさあ、と思いつつ、行ったんです。
なかなかホテル駅からは遠かった。片道2時間弱くらい!(ひー!つきあってくれた友人ありがとう)

バスを2本乗り継ぎます。



ふと顔をあげると、これまた5.18にゆかりの深い大学の寮が。
ちなみに私的に、目がはなせなくなったのは、なんかこの寮がおかしい・・・
なんだろう。なにがおかしいんだろう・・・とおもってみていたら

めちゃくちゃ床、うすくない???? こんなもん????

まあ、なんでもいいや。とりあえず乗る。ゆられる。長い。けど、景色が違うとそれだけで
楽しい。

40分ほど乗って、ようやく到着。

墓地のほうへあるいていくと
韓国の旗がたなびいている。


歩いているだけでこの場所が特別な場所というか
畏敬をもって扱われている場所というのがわかります。


到着!!!門から入ります。

墓地に最初にいくよりも、理解してからのほうがいいと思い
広大な敷地の左側にある資料館へ伺いました。



資料館で日本語のパンフレットをいただきました。

日本からきた、というと、日本語のビデオまでみせていただきました。
(おそらく修学旅行などのグループ用)

ありがたや!

その後で1つ1つ、展示をみていきます。


みなさんにも実際に訪れていただきたいので、あまり画像は載せませんが
本当にひどかったです。
光州の人の民主化活動は語り継がれるべきもので、
本当に韓国の人の心のそこにあるものなんだとおもいました。


こちらがお墓。
美しい墓石がひとり1つづつ、建立されています。
年齢をみてみると、みなさんの若いこと・・・


私たちが墓地にいったタイミングで、めちゃくちゃ大音量で悲しい音楽が流れ始め、
「え?さっきの係員のひとたち、気を聞かせてくれているかんじ?」
と思ったけれど、

続々と韓国の方達も お花をもってお参りにいらっしゃっていました。

ちなみにこれはお墓から帰るときの時刻表。本数がすごくすくないので、要チェックです!(笑)

ABOUT ME
ねねやん
旅バカねねやんです。三度の飯も旅も好き。大学時代からバックパッカーデビューし、何十年うろうろしています。新しい土地、文化、異なる言語や習慣の人々に出会うのが大好き。生来の忘れん坊で、旅行に行った後に記憶を80%ほど無くしますw 都合のいい健忘症を発症してしまうため老後の楽しみ用、自分の忘れんぼ用、そして誰かの参考になったらいいなぐらいに書いています。炭水化物と甘いものがすき