これは偏見だろうか。
いや、勝手な推測だとおもってください。
なんだか空港の作りがおかしい! とくにアフリカ行きが!!!
シャルルドゴールのターミナル2からの出発。
アフリカゆきのフライトは、ほぼ「E」からの出発。
これがまた、めっちゃ遠い!
で、構造上、なぜか離れ小島みたいになっているんだよな。この「E」ってば。
これって隔離されている気分がするのは私だけやろうか・・・。
万が一、疫病とかはやったときのためやろか・・・。(推測)
さておき。
待っている人たち、いかにもアフリカン!(ってかアフリカンなんやけど)
原色バリバリの服をきてますねん。
中にはちょっとリッチに見える中国人も。
どうも、鉱石を堀にきているらしい。
きいたことがあるが、中国はアフリカに巨額のODAを出して、
利益が中国企業にくるようにするってきいたことがあるなあ、
と思いつつ。
なんだかアフリカにきて、「もっと頑張れ、日本企業」とかおもって
しまった。中国の人はやっぱりバイタリティがあるなあ。
AirFranceの、マリ行き(バマコ)は超満員!

映画を2本みている間に、ついてしまいました!
(なぜ機内の写真を撮ってないんだ。自分よ!)
暗闇の中を進むエアフランス。地上を見てもそんなに光がないよw

そしてついに!
マリ共和国 首都バマコ セノー空港!
と、タラップを降りると。
ちっちぇえ・・・。
空港、ちっちぇえ・・・。
これ、首都かあ。
でも熱気がムンムン! テンションが上がってくる!
鞄をどこでとったらいいかもわからぬまま、さまよっていると
ポーターさんがやってきて、俺に仕事をくれ合戦に巻き込まれる。
ああ、格闘タイム・・・。
この目の前の私の争奪戦をみながら、
日本でもこんなことが起きるといいなあ~
などとしょうもないことをおもいつつ、
滞在予定の宿に迎えを頼んでおいた自分ってエライ、とおもった。
(Auberge Lafiaの送迎 1000CFA 日本円2,000円)
ポーターのおじいちゃんに4ユーロを渡し車に乗り込みました。
荷物をそんなに持ってもらっているわけではないし、自分も貧乏旅行ですが
日本より経済的に回ってない国の場合は多めに渡して福分けするのが自分ルールです。
さて、ゲストハウスから迎えにきた青年2人につれられ40分。
真っ暗なバマコの町を爆走して、
到着した Auberge Lafia.
マリの情報が書いてある本に、ここにくれば日本人の旅行者が昔書き残したノートがある、と聞いていたのも選んだ理由。
日本から問い合わせメールを送っていたのですが、返信の主が支配人「ボクン」さんで
とても丁寧な方だったので信用できる宿だなーと思ったのも理由。
ドミトリーで予約していたのに、なぜかダブルベットのお部屋に通されました。
う、嬉しい!!!
ちなみに値段ですが、2泊予定で(何か手違いが起こったらしく)半額にしてくれて
2000円でした。
(ちなみに昼間のラフィアはこんな感じ)
到着した途端に夜!なんだけど、早速 一番のタスクである
「蚊帳」を吊らなくちゃいけない___。
マリにはマラリアに罹患するリスクがとても高いので
サラリーマンの私は年には年を入れて 特殊な薬を練りこんだ蚊帳を持ってきていた。
日本の超ハイテク技術を駆使したスーパー蚊帳
住友化学の「オリセットネット」!!
このオリセットネットはマラリアよけの薬品が
糸に練り込まれていて、触れた蚊が死んでいく、という
しろもの。(大丈夫なのかwちょっと怖い)
アフリカにはユニセフを通じて安く配布されているのだけれど
日本で買うとなったらめっちゃ高くて、当時で2万円で購入した…
2万円の蚊帳!
2万円の蚊帳!!!!
もうあれだよ。サラリーマンじゃなきゃ、買わないからねw
帰国してマラリアになってたら会社に迷惑かけることになるからだからね。
えい!!!だ。
しかし「・・・どうやってつるんだ???できるだけ薬品を触りたくないから
素手で触るの嫌だな・・・」と考えているうちに
日本人のおっちゃんが、ひょっこり部屋を訪ねて着た。
「ロビーで見かけて、まさか日本人が、それも女子が来るなんて思わなかったから 挨拶までー」と。当時私は20代後半で 私の日記によるとおじさんは47歳. 東京の広告代理店で働いていて、クリエイティブ休暇とやらできたらしい。
話していると ほぼ同じ行程で動くことがわかり、明日一緒に国内線の航空券を
購入しに行くことになった。
なんにしても 寂しくなくなってよかった。
蒸し暑い、暑い中、その夜は眠りについた。